Aの場合
2024年12月18日 11:24
「そろそろ始めよっか」 私はわざとぞんざいな口調で 彼に告げる。 ソファに深く背中をもたれさせて タバコを口にくわえてから 顎を軽く彼の方に突き出す。 私の前で直立している彼の目に 当惑の色が浮かんだ。 ほんの数分の 軽い打ち合わせの最中は 私より ちょうど十歳年上だという彼に対して それなりに丁寧な口調と態度で接した。 常連なら別だが なにしろ初めての客だ。 プレイの開始前は 着衣と裸という違い以外 私たちの関係は 一般人のそれと変わらない。 もちろん私が服を着ていて 彼は腰にバスタオルを巻いただけの 裸だ。 「ほら、早く」 彼を促す。 腰の引けた彼が おずおずとテーブルの上のライターに 手を伸ばした。 その手をピシャリと打つ。 「その前に!」 と私が少し声を荒らげる。 彼がこちらを見る。 そうそう。 さっきまでの リラックスした態度ではなくて 従順な表情になってきた。 「それ取って!」 私はバスタオルを指差す。 「おかしいでしょう? なんでおまえがそんなもの 身につけてるの」 「え? あ、はい……」 彼はもごもごと口の中で 返事をしてから 意外に思い切りよく 生まれたままの姿をさらけ出した。 ひざまづいてからライターを手に取り 私のタバコに火をつける。 きちんと両方の手のひらに ライターに添えた仕草 私は当然のように 見下ろしてタバコをふかす。 「灰皿!」 「はい!」 うん。返事も良くなってきた。 だけど私は 灰皿をやはり両手で 捧げるように持つ彼に 「ちがうでしょ」 と言葉を投げつける。 「わからない?」 まごつく彼の目をじっと見つめながら 私は思わず笑みを浮かべる。 おかしいわけじゃない。 気分が乗ってくると 私は笑いたくなる。 「ほんとにわからない?」 彼はようやく理解したらしく ためらいながらも顔をこちらに 正確には 火のついたタバコの先に寄せてきた。 そして口を開ける。 「もっと大きくあけて それから舌をだして。 そうそう、そのまま動いちゃだめよ」 ぽんぽんと 彼の舌にタバコの灰を落とす。 初対面から数分後 プレイ開始直後に彼は 私の灰皿になった。 それなりに経験はあるから という言葉にウソはないようで 流れは今のところスムーズだ。 そうなると次は こいつはどこまでやれるんだろう? という好奇心のようなものが 私の中で頭をもたげる。 そう。 こいつはもう 「この人」 でも 「彼」 でもなくて 「こいつ」だ。 もっと私の思い通りに こいつを動かしてやりたい。 |